かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを
世間のしげき仮廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも
秋の田の穂向見がてりわが背子がふさ手折りける女郎花かも
織女し船乗りすらし真澄鑑清き月夜に雲たち渡る
ぬばたまの夜は更けぬらし玉くしげ二上山に月傾きぬ
志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ
このころのわが恋力記し集め功に申さば五位の冠
石麻呂にわれ物申す夏痩に良しといふ物ぞ鰻取り寄せ
ひさかたの雨も降らぬか蓮葉にたまれる水の玉に似たる見む
醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふわれにな見せそ水葱の羹
鶴が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづし一人さ寝れば
朝露鹿火屋が下の鳴くかはづしのひつつありと告げむ子もがも
韓臼は田廬のもとにわが背子はにふぶに咲みて立ちてます見ゆ
家にありし櫃に鏁刺し 蔵めてし 恋の奴の つかみかかりて
商変し 領すとの御法あらばこそ わが下衣返したまはめ
安積山影さへ見ゆる山の井の 浅き心を わが思はなくに
春の野の下草なびき われも寄り にほひ寄りなむ 友のまにまに
恐みと告らずありしをみ越路の手向に立ちて妹が名告りつ
君が行く道の長手を繰り畳ね焼きほろぼさむ天の火もがも
大伴の三津の泊に船泊てて竜田の山を何時か越え行かむ
旅にても喪なく早来と我妹子が結びし紐はなれにけるかも
天離る鄙にも月は照れれども 妹ぞ遠くは 別れ来にける
新羅へか家にか帰る壱岐の島行かむたどきも思ひかねつも
世の中は常かくのみと 別れぬる君にやもとな 吾が恋ひ行かむ
草枕旅を苦しみ恋ひをれば 可也の山辺に さ雄鹿鳴くも